亀を助けにヨコハマ

ea19-02第一京浜(R15)の横浜。 子安~東神奈川のあたりの空を見上げると、街路灯の上部には青海波(せいがいは)とがデザインされています。 これは半年前の写真。 以来、通る度に気になっていました。 亀に何か意味が有るんだろうか?

それは間もなくして判明。 浦島太郎の物語は横浜にあり

子供にいじめられていた亀を助け、そのお礼に海底の竜宮城へ。 3年経って戻ったら実は300年経っていた。。。

大雑把に調べたところ、子安駅近くにある蓮法寺、東神奈川駅近くにある慶運寺、成仏寺。 そこへ行けばいろいろと分かる様です。

ef15-056月15日(土) 午後から悪天候の予報で、朝から出れば半日だけ乗れる。 サクッと横浜まで往復してきました。

手始めに。 子安駅の近くR1沿いに大口一番街という商店街があります。

ここに、浦島太郎の秘密が。 私にとっては手始めですから、ちっちゃい秘密です、たぶん。

ef15-09足洗川(あしあらいがわ) 神奈川区大口通

浦島太郎が足を洗ったと言われている場所で、足洗川と書かれた碑が立っています。 横浜市神奈川区役所HPによると、少し離れた子安通一丁目に浦島太郎が足を洗った井戸が有るそうです。

足を洗った場所、、、身を清める(俗世の煩悩を洗い清める)という意味で、宗教的に大事な場所なのでしょうか(勝手な憶測です)

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ef15-11この足洗川は、台風や大雨でたびたび氾濫する事から、今は暗渠(あんきょ:蓋がされた川)となっているそうです。 排水の開口部が見えて川だったことは、何となく分かります。

石碑の他に説明を記す物はなく、鉄柱に浦島太郎ゆかりの遺跡と書いたシールが貼られただけの質素な場所でした。

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ef15-21足洗川からすぐ近くに浦島丘という地名があり、中学校と小学校が有ります。

浦島丘小学校の通用門?の後ろには、巨大な亀のすべり台が! しかもウィンクしてる(笑) 中には入れないので、金網越しに撮影しました。

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ef15-37浦島丘の隣町の七島町、R1沿いの高台にある本照山・蓮法寺(日蓮宗)へ訪れてみました。

綺麗な階段を上がったところにあるお寺の門の手前に、浦島太郎の伝供養塔、顕彰歌碑が祭られ、ここにはきちんとした説明板がありました。

丁寧に要約された説明板をさらに要約しますと、、、

三浦の浦島太夫が京都へ移住、息子の太郎(20歳過ぎ)は助けた亀に連れられ澄の江の浦(京都)から竜宮(龍宮)へ至り、3年後に澄の江の浦へ戻ると知人はなく、三浦の父母を訪ねたところ300年も前に死去していた事を知る。 落胆した太郎は、神奈川の浜辺から亀に乗って竜宮へ戻り、再び戻ることはなかった。 という話。

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ef15-33絵本等で知られる話では、竜宮から帰った太郎が玉手箱を開け、老人となって話が終わってたような気がします(たぶん)。 説明板とは結末が異なりますが、玉手箱の話は後付けなのか、それとも、老人となって竜宮へ戻ったのか。 どうなんでしょうね? (興味あり)

子恋の思いで亡くなった太郎の父:太夫を弔ったのが現在の浦島丘(伝説の白幡の丘)で、太郎が住んだ庵は後の観福寿寺(帰国山浦島院観福寿寺)となったが明治の大火で焼失。 玉手箱と共に持ち帰った聖観世音菩薩は東神奈川の慶運寺に移され、遺物はこの蓮法寺へ移された、という事のようです。

蓮法寺へお邪魔させていただいたところで、本日の探索は終了。 雨が降りだす前に帰ることとします。

ef15-40 本日の走行距離: 91.0km

東神奈川の慶運寺、成仏寺は次の機会に行きたいと思います。 さらに何かが分かるかもしれないです。 足洗川や井戸との関連も。

暑い日でした。 バテる直前にコンビニで買ったアイス+炭酸で生き返りました。 偶然にも黄金コンビ? 私にとってはコーラが最終兵器ですが、今日は最終兵器を出すほどバテててませんでした。 今夏は最終兵器を何回出すのでしょうか(笑)

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